|
|
TERU
北海道函館市
| Blood = O型
| School_background = 北海道函館商業高等学校卒
| Died =
| Origin =
| Instrument = ボーカル、ドラム
| Genre = ロック
| Occupation = ミュージシャン、作曲家、作詞家、ボーカリスト
| Years_active = 1994年〜現在
| Label = EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI/EMI Music Japan
| Production =
| Associated_acts = GLAY
| Current_members =
| Past_members =
}}
TERU(テル、本名:小橋 照彦(こばし てるひこ)、1971年6月8日 - )は、日本の音楽家|ミュージシャンで、バンド (音楽)|バンド・GLAYのボーカル。北海道函館市出身。北海道函館商業高等学校卒業。血液型O型。愛称は「てっこ」。
経歴
小学校・中学校時代 1978年4月〜1987年3月小学生の頃からスポーツ少年で(しかし現在でも水泳だけは苦手)、中学の頃には野球部に所属していた。
絵も得意であり、「北海道絵画コンクール」で道賞(北海道賞)を獲得するほどの腕前だった。現在も主にパソコンを使用してイラストなどを製作、公開している。有名なところではVIDEO GLAY4、5(PV集)のジャケットイラストなど。高校時代 1987年4月〜1990年3月1987年の夏辺りに小学校・中学校と一緒であるサッカー部の先輩に「ちょっとドラムをやってみないか?」と勧誘され、聖飢魔IIのコピーバンド「花とゆめ」に加入。ドラムを担当し、文化祭で披露した。しかしTERUの家にはドラムセットなど無く、親戚の叔母さんが営むスナックの椅子などを使って練習していたようだ(後にTAKUROと共にGLAYの活動を始めた頃にはTERUの部屋は防音処置が施されていたとTAKUROは語っている)。1988年の3月頃、小・中学校の同級生であるTAKUROに誘われ、GLAYの活動を始める。当初はドラムでの加入であった。ある日TAKUROがTERUの家にまだ歌の入っていないデモテープを置き忘れ、歌があったほうが何かとやりやすいだろうと考えたTERUが歌を入れてみたところ、TAKUROが「神がかった声」と感じて腰を抜かした(TAKUROが人生で腰を抜かすほど驚いたのはこの時以外はBO?WYの『B-BLUE』を初めて聴いた時だけだという)。これがボーカルへ転向するきっかけとなった(ただし、本人はTAKUROが受けた衝撃をあまり理解出来ていなかったらしく、先輩を新ボーカルとして連れてきてドラムに戻ろうとしたが、TAKUROにより却下されボーカルに戻されるというエピソードもある)。また、新しいドラムが見つかるまで、マイクを天井からぶら下げてドラムを叩きながら歌っていた。同年7月にはGLAYとしての初ライブを行う。TERUが姉の結婚式でTAKUROと「ずっと2人で…」を演奏、披露したのもこの頃の話である。上京〜インディーズ時代 1990年4月〜1994年5月24日
:上京後は赤羽の凸版印刷(株)に勤める傍らバンド活動を続けていたが両立出来ず、試用期間明けで辞めてしまった。7月に居所を埼玉県内に移し、その後はさまざまな仕事をしながら、バンド活動を行う。メジャー時代 1994年5月25日〜;1994年
:5月25日 『RAIN』でメジャーデビュー。;1999年
:12月6日 メンバープロデュース・ファンクラブ限定ライブの一環として、TERUプロデュース「THE MEN WHO SOLD THE WORLD」をZeppTokyoで行う。男性限定のライブであったことから、「男ナイト」と呼ばれ、以後福岡、大阪でも行われることとなる。;2001年
:4月 坂本龍一を中心とする地雷排除支援活動地雷ZEROに協力し、チャリティーソング『Zero Landmine』に参加。;2002年
:4月29日 PUFFYの大貫亜美との結婚を発表。:8月27日 TERUプロデュース・男性限定ライブ「BOYS ONLY NIGHT」を大阪BIGCATで行う。通算3回目の男ナイトで、チケットはSOLD OUT。このライブ限定のグッズは現代女浮世絵師であるツバキアンナとTERUのコラボレーションであった。;2005年
:7月18日千葉ポートパーク円形広場野外ステージにて、自身がDJを務めるラジオ番組の開始10周年を記念して、イベント「TERU ME NIGHT GLAY 10th ANNIVERSARY SPECIAL 〜Summer of 05〜」を行う。:ホワイトバンドプロジェクト|ほっとけない 世界のまずしさキャンペーンに参加。:12月3日12月4日に行われた「White Band FES.(ホワイトバンドフェス)」にもGLAYとして参加した。:親交のある山本シュウに誘われ、レッドリボンキャンペーン2005に参加。:Yahoo! JAPANでの特集や、ファンクラブ会報などで対談を行う。:12月21日 BUCK-TICKの20周年を記念したトリビュート・アルバム「PARADE〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK〜」に「悪の華 (シングル)|悪の華」でHISASHIと共にrallyとして参加。:rally(HISASHI:Guitar+ ウエノコウジ:Bass+ MOTOKATSU:Drums+TERU )のボーカルも務めている。;2007年
:7月1日から一年間の間に公共広告機構のCMに出演。彼が出演する当社団法人のCMテーマは「エイズ」である。
:10月14日レッドシューズのイベントライブWEAR RED SHOES Vol.4にゲストミュージシャンとして参加
:12月3日レッドリボンキャンペーンRED RIBBON LIVE 2007にGLAYのTAKUROとともに出演
:12月7日東京・目黒区の路上で車を運転中に自転車と接触事故。
人物
*天然発言が多く、ファンにはTERU語録として親しまれている。
*兄弟は姉1人と妹1人。
*趣味は料理であり、その腕前はメンバーも絶賛するほどである。
*現在の妻はパフィーの大貫亜美だが、大貫とは再婚。前妻との間に一男一女、大貫との間に一女もうけている)。

